Skip to main content
TOP  会の紹介  お問合わせ  会員情報  児童養護施設支援  助成金・寄付金  新聞報道  English  災害支援  ひとりごと  義援金  募金箱設置  表彰等  東松島市まちづくりお仕事いきいきプロジェクト   
<新しいホームページはこちら> 児童養護施設支援の会 ・ 鹿妻チーム     ★事務所 東松島市牛網字上四十八27番地(旧牛網保育所)   ★事務所・資材倉庫 東松島市野蒜字亀岡80番  旧野蒜小学校 
 災害支援活動(月別) 2011年3月  4月  5月  6月  7月  8月  9月  10月  11月  12月    2012年1月  2月  3月  4月  5月  6月 7月  8月  9月  10月  11月  12月 
    2013年 1月  2月  3月  4月~12月  2014年 1月~     
 

 
 
 
 New! facebook では毎日の活動がリアルタイム更新されています 
 
 

 

 

26.4.10

 

「森の学校プロジェクト委員会」会議。

震災によって破壊された野蒜小学校は現在仮設のプレハブ校舎で運営しています。

野蒜は町が丸ごと無くなってしまったので、山の上に宅地を造成し、町ごと移転する事になっています。

 

震災の年の夏、CWニコル氏と東松島で会いました。鳴瀬第二中学校の瓦礫撤去をしていた時に、現場まで来てくれました。

東松島市は早い段階から、自然と融和した日本一の、世界にも誇れるような

「木造の森の学校」をつくろうと動き始めていました。

僕はこの委員会の第一回から会議に出席していますが、夢のような学校つくりに向けて行政、教育委員会、外部支援団体が

力を合わせて進めています。

 

文科省の細かい規定や防火防災基準、予算、教育プログラムの内容、地元住民とのコンセンサスなど、山積した課題を

一つ一つクリアにしながら、世界一の学校つくりは今も進められています。

 

当会はこの「森の学校プロジェクト」に賛同して、今後も出来る限りの支援協力を進めて行きたいと思っています。

 

会議の様子と学校予定地裏山の利用計画の下見の様子写真

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 

26.3.13

 

震災の被害の大きかった野蒜地区移転元地。

元宅地だった場所を駐車場にするため、重機作業していると、水道管を破損。
震災直後の混乱の中、瓦礫だらけで止水栓の場所もわからないから、仕方なく敷地内メーターで止めてあった

んだと思う。
更地になり、そのまま放置されたこんな場所が、被災地には沢山有るんだろうな。

 
 

26.3.13

 

津波によって破壊されてしまった海岸の藻場。再生させるために藻場床を試作しました。

 

東松島産の蠣殻ガラ、奥松島の松の炭、その2つをミックスした物の3種類を試作。
どれに一番藻が付いてくれるか楽しみです。
昆布が付いて、アワビがよって来たら成功。


壊滅的なダメージを受けた海岸の再生に、地元の漁師さんや農林水産課と協力して取り組んでいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

26.3.8

 

鳴瀬未来中学校の第一回卒業式に参加させていただきました。

震災の年に一中と二中に入学した子供たち。
不自由な環境で学び、くらしながら、たくましく育ってきた。

この春両校は合併し「鳴瀬未来中学校」の初めての卒業生として、巣立って行きました。
僕はこの場にご一緒できたことを心から嬉しく思います。

長い時間をかけて製作した両校の校章額も、白布の上に並んで飾られていて「頑張って良かったな・・・」
とつくづく思いました。

大きな痛みと変化を乗り越えて巣立つ子供たち。
この先どんな困難があっても、彼らは負けることは無いでしょう。
子供たちも先生方も、保護者の方々も、みんなみんな素敵でした。

東松島の未来を、僕は信じています。
 

 

 

発言を控えていましたが、時期が落ち着いたので書こうと思います。


どこかで災害があった場合、被災地の行政対応に被災地外の部外者が色々辛口の書き込みをしていますが、

僕は同調できません。


被災地では行政も当事者であり、被災者です。遠くでテレビを見ている人達よりも、よっぽど現状に困っている当事者だと思っています。
切れ切れに入ってくる情報を元に、「離れた場所から言うだけ」の無責任な批判は
与えられた苦境に居る当事者(被災者と被災行政)を分断する行為に見えます。


特にウエブ上の発言は切れ端であるのにもかかわらず、切れ端であるからこそ視野狭く間違ってはいないがごく一部を

とらえただけの内容が次々と尾ひれがついて広がって行く様子を見てとれます。


被災を受けた行政などは、部外者に見えないその時の様々な制約的要素の中で、努力しているはずです。


被災地では行政も被災者であることを忘れてしまっては、無責任な発言になってしまう事をもっと知る必要があるのではないでしょうか。

 
 

26.2.16

 

久しぶりのHP更新。飛んでいる期間はfacebook  の方をご覧下さい。

 

津波の被害により鳴瀬第二中学校と鳴瀬第一中学校は、統合の上校名が「鳴瀬未来中学校」と新しくなりました。

これまでの各中学校の「校章」は無くなってしまいます。

鳴瀬第二中学校の校章は、体育館にあった大きな緞帳を切り取り、旧校舎にあった校内の物だけを使って額装しましたが、

今回あらたに、鳴瀬第一中学校の校章を額装依頼を受け、昨年末より製作にあたっています。

一中の校舎は使用しているため、二中の様に校舎の物は使用できません。

なので裏山にあった漆の木を使って額縁を製作することにしました。

学校の歴史を保存する大事な作業に関わらせて戴けることを、本当に光栄に思うとともに、気が引き締まる思いで作っています。

 

まだ途中ですが、来月8日に行われる「修了式」に間に合うよう製作中です。

以下、これまでの経過をダイジェスト写真で掲載します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

表面を彫刻刀で飾り彫りする作業。大東文化大学の学生さんに手伝ってもらっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

26.2.1

 

更新が遅れていますが、facebook にて日々の活動をあげております。

 

今月は学生ボランティアチームの宿泊が多い月になりました。

●明日より京都橘大学学生23名(5日間)

●10日より大東文化大学学生6名(7日間)

●28日より京都立命館大学8名(5日間)

当会牛網事務所は市内のボランティア活動を行う方々の宿泊施設として開放。児童養護施設支援の会が自費負担の上運営しています。
市の公共財産である元保育所施設を有効に利用出来る事は、本当に有難いことです。
やはり現在は、遠方からのボランティア活動をプロジェクトとして進めるには、受け入れ先となる宿泊施設の確保は
課題でもあるのでしょう。

遠くにいる若き学生たちが東松島に来て「何か役に立ちたい」
その大事な気持ちを持ち込める、受け皿であることを嬉しく思います。